https://www.asahi.com/articles/ASQ314QKKQ2XULBJ00L.html
免疫の難病、実は感染症? なぞ解き明かす一歩に 金井隆典さん
私たちは、研究テーマの一つとして、「原発性硬化性胆管炎」という病気の解明に挑んでいます。
胆管は、肝臓でつくられる消化酵素である胆汁の通り道で、十二指腸につながっています。その胆管に炎症が起き、数年から数十年かけて胆管が狭くなって胆汁がうまく流れなくなるとともに、肝臓の働きが落ちてしまう病気です。英語の病名Primary Sclerosing Cholangitisの頭文字から「PSC」とも呼ばれています。
PSCは原因がよくわかっておらず、進行を止める治療法も確立していません。最終的には肝硬変へと進み、命を救うには肝臓移植をするしか方法がなくなることが多いです。しかも、せっかく移植をしても、再発してしまうことが少なくありません。いわゆる難病に指定されており、日本には約5千人の患者さんがいます。
この画像は、そんなPSCの病態を解き明かす手がかりをつかんだときのものです。
この病気では、肝臓の中で免疫の細胞が活性化していることがわかっています。ところが、過剰な免疫の働きを幅広く抑える作用があるステロイドが効きません。いまは特定の免疫の作用を抑える「抗体医薬」がいくつか登場し、やはり過剰な免疫の働きがかかわる関節リウマチやクローン病などで効果を示していますが、PSCではまったく効きません。
PSCを起こしている人は、大腸の炎症である「潰瘍(かいよう)性大腸炎」を伴いやすいことが、以前から知られていました。また、腸内の細菌がPSCと関係していることを指摘する論文も出ていました。私は、腸内細菌がPSCと関係があるのかをまず知りたいと思いました。
そこで、次のような実験をしました。PSCの患者さんから便をいただいて、微生物をもたない「無菌マウス」に経口注入し、大腸や肝臓の様子を調べるのです。比較のため、健康な人や潰瘍性大腸炎の患者さんの便も無菌マウスに注入しました。
肝臓で免疫細胞が増加
すると、健康な人や潰瘍性大腸炎の便では起きないのに、PSCの便を注入したときは、肝臓内で特殊な免疫細胞が増えていることがわかりました。これはT細胞の一種で、インターロイキン17(IL-17)を産生することから「TH17細胞」とも呼ばれています。PSCの便に含まれる腸内細菌によって、肝臓の免疫反応が異常になっていたのです。
私たちは、腸内細菌が十二指腸から胆管を逆流して肝臓に達し、肝臓や胆管で炎症を起こしているのではないかと考え、いろいろな方法で調べてみました。しかし、何回みても、どちらにも腸内細菌はみつかりませんでした。
このとき、比較のために脾(ひ)臓や「腸間膜のリンパ節」と呼ばれる腸に関係するリンパ節も調べていました。すると、腸間膜リンパ節で菌が3種類、検出されたんです。
このことは、免疫の難病といわれるPSCに、腸内細菌がかかわっている可能性を示しています。これって驚きですよね。従来の免疫の病気の常識からは外れていますから。
ただ、腸間膜リンパ節は、大腸の空洞とは直接つながってはいません。じゃあ、細菌はどうやって移動したのか。その謎を調べたときに撮影したのが、この画像です。
共同研究した佐藤俊朗教授たちのグループがもっている、「オルガノイド培養技術」を用いました。オルガノイドというのは「培養細胞」を意味していて、この方法なら、幹細胞をもとに、培養皿の上で実際の大腸上皮とよく似た構造をつくることが可能です。
大腸の壁に穴を
そこで、PSC患者さんから得た腸内細菌と、オルガノイド大腸上皮を一緒に培養して調べたところ、PSC患者さん由来の「クラブシエラ菌」という腸内細菌が、大腸上皮の細胞死(アポトーシス)を引き起こし、上皮に穴を開けていたことがわかりました。
画像で黒く見えるのが腸の粘液、赤い部分が腸内細菌です。緑が上皮細胞で、赤い細菌が上皮細胞の中に侵入していっている様子を示しています。PSCでない人から得た同じ種類の腸内細菌では、上皮細胞に穴を開けることはありません。
PSC患者さん由来の腸内細菌は、こうして大腸の壁を開けて外に飛び出し、腸間膜リンパ節に達していたんです。それに対応して、TH17細胞が増えていることが明らかになりました。こうしたしくみによって、肝臓での異常な免疫反応を招き、胆管炎につながっていた、と私たちは考えています。
治療法の検討もしました。PSCは、せっかく肝移植をしても再発しやすいと言いましたよね。リンパ節にいる腸内細菌がもとで炎症が起きているのだとしたら、その腸内細菌がとどまっている限り、移植のあとに再発したとしても不思議ではありません。
そこで私たちはまず、PSC患者さんの便を注入したマウスに抗菌薬を使い、クレブシエラ菌などを排除しました。すると、肝臓でのTH17細胞が大幅に減りました。また、TH17細胞を抑える働きのある薬を使ったところ、モデルマウスで起こした肝硬変の程度が半減しました。
その後、欧米の研究者たちによって、PSCが特殊な病原菌によって起こされるという報告が相次ぎ、私たちの発見の正しさが確かめられています。そしていま、治療につなげるための本格的な研究の段階に進んでいます。
それは、バクテリオファージという、ウイルスの一種を用いる方法です。
ウイルスを治療に活用
バクテリオファージは細菌に感染し、細菌の中で増殖して、最終的に細菌を壊します。この性質を利用して、病原性のあるクラブシエラ菌をターゲットにしたバクテリオファージの製剤をつくり、患者さんに口から飲んでもらうのです。
細菌の治療なのだから抗生物質を飲めばいいと思われるかもしれません。ただ、この菌は抗生物質でたたき切れないと、耐性菌を生んでしまうことが多いんです。実際、多剤耐性となったこの菌が病院での院内感染の原因となることが少なくありません。
一方、バクテリオファージはウイルスの一種とはいえ、細菌には感染するものの哺乳類の細胞には感染しません。従って、人体に対しての安全性は高いと考えられています。
いま、私たちは、イスラエルのバイオベンチャー企業と共同で、バクテリオファージを用いた治験に取り組んでいます。これまでに、イスラエルと欧州の健康な人たちを対象にした第一段階の治験を終えました。できれば今年中に、PSCの患者さんを対象とした次の段階に進みたいと考えています。
PSCはいわゆる「免疫の病気」だと、長いあいだ信じられてきました。私たちの今回の研究は、PSCは実は感染症だった可能性を示していると考えています。
本計画が承認されてから2年間の実績としては、PSC患者由来KPを用いたノトバイオートマウスにおいて、DDC胆管炎を実験的に発症し、PSC/UCモデルを作成した。PSC/UCモデルマウスに対してKPに対する特異的バクテリオファージの投与による胆管炎改善効果の検討を行った。PSCノトバイオートマウスにバクテリオファージを3日1回のペースで経口投与し、胆管炎の改善傾向を認め、今後追試により検証してく。さらに、クローン病患者由来便を用いて、ヒトクローン病フローラ化マウスを作製し、糞便移植3週間における体内侵入菌の分離培養に成功し、次年度にさらなる機能解析を進める予定としている。 |
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)2: おおむね順調に進展している 理由本研究の要となる、ファージ療法開発の動物実験を開始し、ファージ療法による病態改善に向けた有望な結果が得られている。また、腸管免疫難病であるクローン病患者便を用いたノトバイオート動物の解析も順調に進んでいる。 |
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今後の研究の推進方策 |
本年度の成果をもとに、Klebsiella pneumoniae(KP)の腸管バリア破綻機構の解明を進めていく。具体的には、PSC患者由来KP(9株)と非PSC患者(non-PSC)由来KP(4株)についてショットガン・メタゲノミクス解析を実施し、患者由来KPが粘膜層および上皮障害を及ぼす責任遺伝子の候補を探索し、引き続き候補遺伝子の変異株を作成し、腸管上皮障害能を検証していく。さらに、リンパ節内で分化・誘導されたTh17細胞が肝臓内へ蓄積する機序、Th17細胞のPSCにおける機能解析を行うために、腸管膜リンパ節におけるTh17細胞のRNA-seq、TCR-seq解析からKPの抗原および代謝産物の関与について検討を行う。クローン病患者フローラ化マウスと腸炎モデルの組み合わせを実施し、腸炎病態増悪効果について検討を進めていく。 |