以前、慶應義塾大学の研究で
PSCの原因菌の一つが腸内細菌のクレブシエラ菌であり、クレブシエラ菌を標的としたバクテリオファージ療法の開発が進められているという記事を紹介しましたが
ブログ主は菌が原因なら抗生物質を使ったらダメなのか?と疑問に思いました。その答えとして、記事内では「耐性菌が生まれて院内感染を引き起こす恐れがあるから」という理由が書いてありました。
耐性菌というのはどの位の確率で生まれてしまうものなのか分からなかったので、文献を探して見たところ、次のような論文が見つかりました。
「How frequent are vancomycin-resistant enterococci in patients with primary sclerosing cholangitis and ulcerative colitis treated with oral vancomycin?(バンコマイシン経口投与による治療を受けた原発性硬化性胆管炎および潰瘍性大腸炎患者におけるバンコマイシン耐性腸球菌の発生頻度は?)」
概要
原発性硬化性胆管炎 (PSC) の患者では、経口バンコマイシン (OV) による抗菌療法が、肝疾患の進行を防ぎ、付随する潰瘍性大腸炎 (UC) を制御するためにますます使用されています。しかし、バンコマイシン耐性腸球菌(VRE)の発症リスクに関する懸念があります。したがって、PSC-UC患者におけるVREの発生率を究明することを目的としました。(以下略: これ以降の内容についてはgoogle chromeの翻訳機能の使用をお願いしますm(_ _)m 翻訳機能の使い方に関してはこちらの記事から↓
)
論文によると、研究に参加した7人のPSC-UCの患者さんは少なくとも 6 か月間 バンコマイシンを経口投与され、(範囲 9 ~ 31 か月、平均 32.1 か月つまり累積バンコマイシン暴露 225 か月)一人もバンコマイシン耐性腸球菌が発生したり、有害事象を経験した人はいなかったそうです。
また、患者さん全員が潰瘍性大腸炎の臨床的寛解に至ったそうです。
論文内で引用されている別の論文によると
「腸球菌のバンコマイシン耐性獲得には複数の遺伝子が必要であり、腸管内の感受性腸球菌の変異によってバンコマイシン耐性腸球菌コロニーの獲得が起こることはない。したがって、経口バンコマイシンによる治療が直接バンコマイシン耐性腸球菌を引き起こすわけではない。(しかし、経口バンコマイシンが及ぼす選択圧(淘汰圧)によって、外部から獲得したバンコマイシン耐性腸球菌の集団が増加しやすくなる可能性はある。)」との事。
この論文における研究では
「26単位の経口バンコマイシンが22人の患者さんに投与され、治療終了後に20人の患者さんがバンコマイシン耐性腸球菌の定着状態を診断されたが、中央値10日(幅、3日〜58日)の治療期間と中央値6500mg(幅、1250mg〜29000mg)の投与量を伴う、中央値18日間(幅9日〜39日)の追跡期間の間、それらの患者さんのうち誰もバンコマイシン耐性腸球菌培養陽性にならなかった。」という結果が報告されています。
また、別の論文では、オーストラリアのクイーンズランド小児病院の
において、小児患者群を対象とした研究でも、バンコマイシンを平均 8 か月以上投与された 17 人の 小児のPSC-UC 患者のうち、バンコマイシン耐性腸球菌を発症した患者はいなかったそうです。
論文は、この研究は規模が小さい後ろ向き研究(過去に遡って対象者の情報を集める研究)であるため、前向きで長期的なランダム化比較試験によって、薬の効きやすい患者さんの特徴や投与量、製剤設計、期間、そして炎症性腸疾患を伴う、または伴わないPSC患者さんに対する経口バンコマイシンの長期的な影響が究明される必要があるという内容で締めくくられていました。
残念ながら日本ではバンコマイシンの適応症としてPSCや潰瘍性大腸炎は認められておらず、保険診療上、メチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)腸炎、偽膜性大腸炎、造血幹細胞移植(骨髄移植、末梢血幹細胞移植、臍帯血移植)時の消化管内殺菌―以外に対するバンコマイシンの投与は、原則として認めないそうですが(*注1)、バンコマイシンにはPSCの症状や進行を改善する効果がある事を示唆する沢山の研究結果が存在するので、慶應義塾大学のバクテリオファージ治療が実用化されるまでの間で良いので、治験協力などの名目でも何でも良いから、患者さんにバンコマイシン投与という治療の選択肢を増やしてあげて欲しいです。
(*注1)
論文の中ではDiscussionのチャプターで「PSC 患者さんにおいて、抗菌薬治療による胃腸内微生物叢への標的調節が疾患の経過を変え 、進行を遅らせるか、さらには停止させるという証拠が蓄積されています。(中略)いくつかの研究で、経口バンコマイシン が PSC と関連する炎症性腸疾患の両方の治療に有効であることが示されています。(*注2)」とあります。
(*注2)
「炎症性腸疾患の有無に関わらない、原発性硬化性胆管炎における抗生物質治療の効果:系統的レビューとメタ分析」
「経口バンコマイシン:炎症性腸疾患の小児における原発性硬化性胆管炎の治療」
「潰瘍性大腸炎の肝臓; テトラサイクリンによる胆管周囲炎の治療」
また別の論文では肝移植後再発したPSCに対するバンコマイシン投与の効果について報告されています。
同所性肝移植を受けた男性が肝移植の4年後に再発PSCの診断を下され、ウルソデオキシコール酸の服用をはじめたが改善が見られず、肝機能検査値が次第に乱れ、彼は 2015 年 6 月にバンコマイシン 250 mg を 1 日 2 回経口投与する治療試験を受けました。すると彼の肝機能検査値 は開始から 2 か月以内に完全に正常化したそうです。
ただし、彼の肝内管の狭窄と数珠状の状態は安定してはいるが、不変で胆道解剖学的には改善は見られなかったそうです。
なので、進行を止めることはできても、一旦進行してしまった狭窄を回復するまでの効果はバンコマイシンには無いのかもしれません。
論文著者は、今回の研究で胆管の狭窄に改善は無くとも、バンコマイシン投与が肝臓生化学の完全な正常化をもたらした事から、PSC で見られる生化学的機能障害が、主に胆道系の狭窄に起因する胆汁の流れの障害によるものではないことを示唆してると述べていました。
「肝移植後の再発原発性硬化性胆管炎における経口バンコマイシンの有効性」
また、別の論文ですが、14 歳で中程度の汎結腸性潰瘍性大腸炎 (UC) と診断され、15 歳で従来の治療法に反応しない小管 PSC と診断された 23 歳の女性患者が抗生物質の経口バンコマイシン(OVT)による単剤療法を開始し、結腸粘膜の治癒とともに肝酵素の正常化と潰瘍性大腸炎の症状の解消を達成したそうです。これらの改善は 8 年間持続していて結腸異形成、肝線維症または肝不全、胆管狭窄、または癌は無かったそうです。そして、注目すべきことに、患者の反応は経口バンコマイシンカプセルのブランドと用量に依存していたそうです。
同じ薬でもブランドによって効果が異なるのは心配ですが、適切な製剤設計や投与量の解明も含めて日本でもPSC患者さんに対するバンコマイシン投与の研究が進められる事を願います。