PSCに対する新しい治療法として糞便微生物叢移植(FMT)の研究が進行中

英国のバーミンガム大学とインペリアル大学が共同で進めているPSCの患者さんに対する糞便微生物叢移植 (faecal microbiota transplant :FMT)の研究に、Lifearc社(※注1)という希少疾患の研究を支援している医学研究慈善団体が研究資金の提供を行ったという記事がありました。

糞便微生物叢移植と言っても、勿論、糞便をそのままの形で移植する訳ではなく、健康な人に糞便を提供して貰い、そこから抽出した微生物だけが含まれた液体を、内視鏡、浣腸、栄養チューブ、または特別な種類のカプセルなどの手段で患者さんの腸内に送達します。なので、「糞便」という言葉からくる心理的な抵抗感は実際の処置に際しては、それ程無いかと思われます。

この試験を主導しているバーミンガム大学のパラク・トリベディ博士は、「私たちの試験でFMT(糞便微生物叢移植)がうまく機能することが示された場合、この研究を完了してから5年以内に患者が恩恵を受けることを見込んでいます。」と述べています。

プロジェクト概要によれば、

 

https://www.lifearc.org/strategy/rare-disease-translational-challenge/rare-disease-research-funding/philanthropic-fund/funded-projects/

 

研究開始日は2022/2/1で研究期間は48ヶ月と言う事なので、研究完了は2026年の始め頃になるかと思われます。そこから5年以内となるとまだ先の長い話ではありますが、近年、PSCの主要な病因の一つとして考えられるようになった腸内微生物叢に直接アプローチ出来る貴重な治療法として今後の展開に注目していきたいと思います。

 ただ一点、非常に気になったのが、これまでに行われた糞便微生物叢移植の研究に関する論文を探してみた所、2つ見つかり、一つは、治療の結果、患者さんのALT値が低下し、有害事象も発生しなかったという有望なものでしたが、2つ目の論文は、糞便微生物叢移植によって、治療後一年間は肝機能検査値が大きく改善し、PSCの症状もなく過ごせていたが、患者さんの腸内微生物の存在量を調べた所、糞便微生物叢移植後4週間辺りの時点から既に、PSCの患者さんの腸内から高確率で検出されPSCの原因の一つではないかと疑われているクレブシエラ菌とエンテロコッカス菌の増加が見られていたとのことで、この治療は短期的には症状を改善し、移植無し生存期間を延長する効果があっても、長期的に見てメリットばかりとは限らないのでは無いかという事です(勿論、クレブシエラ菌やエンテロコッカス菌の増加は、糞便微生物叢移植とは無関係な別の要因によって引き起こされたものである可能性もあります)。今回のバーミンガム大学とインペリアル大学の共同研究によって、糞便微生物叢移植のポジティブな治療効果だけでなく、リスクについても慎重に調査され、患者さんが安心して治療を受けれる状態で、実用化に繋げて頂きたいと思います。

(注1)Lifearc社とは

英国の医学研究機関であるMedical Research Councilを母体とする非営利の医学研究慈善団体で、研究室にある科学的なアイデアを患者さんの人生を変えるような医学的なブレークスルーに変える支援を行っています。LifeArcはこの活動を25年以上継続しており、5つのライセンス医薬品や、抗生物質耐性の診断薬などを生み出しています。LifeArcは、未だ満たされていない医療ニーズの高い分野に2030年までに13億ポンドを費やすことを約束しています。

http://www.lifearc.org/

 

希少肝疾患を治療するための独自の方法を調査する新しい研究

ベンジー・コールマン著        2022年2月15日

 

https://www.imperial.ac.uk/news/233874/new-study-explores-unique-approach-treat/

 

体が自己の肝臓を攻撃する希少疾患を治療するために腸内細菌を変化させる新しいアプローチを使用する新規の研究に資金が提供されました

 

バーミンガム大学のPalak Trivedi博士によって主導され、インペリアル大学の研究者たちと共同で進められているFARGO (FAecal microbiota transplantation in primaRy sclerosinG chOlangitis : pscにおける糞便微生物叢移植) 試験では ”faecal microbiota transplant:糞便微生物叢移植(FMT)” がPSCの進行を遅らせ、患者の生活の質を改善する事ができるのかどうかが分かります。

PSC は、英国で約3,600人が罹患している稀な肝疾患です。あらゆる年齢層でこの症状を発症する可能性がありますが、最も一般的なのは40歳未満です。

PSCでは、体の免疫系が肝臓を攻撃し、胆管の炎症と瘢痕化を引き起こします。これにより胆汁の適切な流れが停止し、患者は感染症を繰り返し、肝不全を発症し、場合によっては癌を発症します。5 人中 4 人では、体の免疫システムが腸も攻撃し、肝臓病だけでなく炎症性腸疾患 (IBD) を引き起こします。PSC と IBD の組み合わせにより、全患者の約 3 分の 1 が大腸がんを発症する可能性があり、患者は大腸がんのスクリーニング(※注2)のために毎年結腸内視鏡検査を必要とします。 

 

(注2)スクリーニング検査とは、選別試験、ふるい分け試験のことで、症状のない者やある特定疾患が懸念される集団を対象に検査を行い、目標とする疾患の罹患者や発症が予測される患者を検出するための検査である。

 

PSC患者の腸内に存在する微生物は、肝臓や腸に炎症がない人の腸内微生物とは異なることが知られています。この腸内微生物の不均衡は多くの異常な免疫機能と関連しており、それがこの症状の発症を引き起こす可能性があります。  

FARGO研究では、研究チームは健康なドナーの腸から天然微生物を含む便を採取し、研究室で精製してPSC患者の腸に移すことで腸内微生物の不均衡を逆転できるかどうかを調べる予定です。この治療法は、糞便微生物叢移植 (FMT) と呼ばれます。初期の研究では、炎症性腸疾患の治療にも役割を果たす可能性があることが示されています。

代謝・消化・生殖部門の研究者 は、バーミンガム大学、ロイヤル・フリー・トラスト、ノーフォーク大学病院とノーリッチ大学病院の研究者と協力して、この新しい治療方法をテストする臨床試験を実施する予定です。この研究に参加するPSC患者は、週に1回、8週間にわたってFMTを受けるか、偽薬(不活性なFMTに相当するもの)のいずれかを投与されます。各グループは引き続き、炎症性腸疾患 に対する通常の日常的な標準治療を受けます。

 

研究チームは両グループをさらに40週間観察する予定です。その後、チームは肝臓血液検査の改善、肝臓の瘢痕化の軽減、炎症性腸疾患の重症度の軽減、症状と生活の質の改善において、治療がどの程度成功したかを測定します。

治験に参加したインペリアル大学のチームの一人であるベン・マリッシュ博士は、「当部門は長年にわたり、腸疾患や肝臓疾患を助けるための糞便微生物叢移植の研究に深く関わってきました。治験の臨床面を支援するだけでなく、インペリアル大学チームはまた、国立現象センターの最先端のメタボロミクス技術(※注3)を使用して、研究参加者から収集したサンプル中の胆汁酸やその他の化学物質を分析する予定でもあります。これは、FMTが患者を助けるメカニズムを、これまでの研究では行われていない詳細なレベルで調査するのに役立ちます。」

 

(注3)メタボロミクスとは、生命活動によって生じる代謝物を網羅的に解析することで生命現象を明らかにしようとする研究分野

 

NIHR(国立衛生研究所)バーミンガム生物医学研究センターでこの試験を主導しているパラク・トリベディ博士は、「この研究は、どの腸内微生物が最も重要なのか、そしてこの潜在的な治療法をより多くの人を治療するためにどのように拡大できるのかを理解するのに非常に役立ちます。私たちの研究は、FMTもっと世界中で利用できるようにするためのより大きな将来的な作業の基礎を築くでしょう。」と述べました。

 

「私たちの試験でFMTがうまく機能することが示された場合、PSC supportは患者にできるだけ早くFMTを利用することを推奨します。これにより、私たちがこの研究を完了してから5年以内に患者が恩恵を受けることを見込んでいます。」

現在、医師は症状の管理のみによってPSCを治療しています。PSCの原因は完全には理解されておらず、治療法もありません。肝移植が唯一の救命治療法です。非常にまれな疾患ではありますが、PSC は英国における肝移植全体の 10 件に 1 件を占めており、現在ヨーロッパのいくつかの国で肝移植の主な理由となっています。

肝移植は命を救うものではありますが、リスクを伴うものであり、NHS(英国の国民保険)にとっては費用もかかります。移植を受けた人は、新しい肝臓が拒絶反応を起こさないように複数の薬を服用しなければなりません。PSCは肝移植を受けた人の約3分の1で再発する可能性があります。

この研究に不可欠な資金は、LifeArc と患者主導の組織であるPSC Supportから提供されています。

LifeArc のカトリオナ・クロンビー博士は次のように述べています。「資金提供に対する私たちの働きかけは、他者と協力して、患者が直面する複雑な医療問題を解決できるかもしれない有望な研究の可能性を明らかにすることです。PSCサポートと共同でこのプロジェクトに資金提供できることを嬉しく思います。これにより、トリベディ博士のチームは鍵となる疑問に答えを出す事が出来、この実験的治療法を研究室のアイデアからPSC患者に希望を与えることができる診療所へと移行させる事ができるでしょう。」


続いては、これまでに行われたPSCの患者さんに対する糞便微生物叢移植の小規模な臨床試験についての2つの論文を紹介します。

1つ目は

10人のPSC患者さんを対象としたパイロットスタディ(※注4)で全体の30%(10人中3人)に50%以上のALTレベルの低下が見られ、有害事象を経験することもなく、PSCにおけるFMT(糞便微生物叢移植)の安全性を実証する事が出来たと言う事です。

 

(注4)パイロットスタディとは:

本格的に研究プロジェクトを開始する前に、その研究デザインの実現性を見極めるために行う予備的な小規模調査です。

https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/30730351/

 

2019年7月

原発性硬化性胆管炎患者における糞便微生物叢移植:パイロット臨床試験

概要

背景: 原発性硬化性胆管炎 (PSC) は、有効な医学的治療法がない胆汁うっ滞性肝疾患です。腸内微生物叢の混乱が PSC に関連して報告されており、他の疾患の状態においては、糞便微生物叢移植 (FMT) が微生物叢を回復することが報告されています。したがって、我々は、FMT後のPSC患者における安全性、肝酵素、微生物叢、およびメタボロミクスデータの変化を評価することを目的としました。

 

方法: 炎症性腸疾患を併発し、アルカリホスファターゼ(ALP)が正常値の上限の1.5倍を超えるPSC患者を対象とした非盲検パイロット研究が実施されました(注: 非盲検試験とは患者さんがどの何の治験薬を服薬しているかがわかる試験の事)。患者は結腸内視鏡検査による FMT を 1 回受けました。肝酵素データ、便微生物叢およびメタボロミクスの分析は、ベースライン(注:5)および FMT 後 1、4、8、12、24 週間目に実施されました。一次評価項目は安全性であり、二次評価項目はFMT後24週までにALPレベルがベースラインから50%以上低下することでした。(16S rRNA 遺伝子分析によって)糞便微生物叢 とメタボノミクス動態が評価されました。

 

(注5)ベースラインとは臨床試験等で、治療を開始する前または薬剤を投与する前の状態、もしくはそのときの患者さんの各種臨床検査値などのデータのことを指します。

 

結果: 10 人の患者が FMT を受けました。9人の患者は潰瘍性大腸炎を患っており、1人はクローン病を患っていました。平均ベースライン ALP レベルは 489 U/L でした。関連する有害事象はありませんでした。全体として、30% (3/10) が ALP レベルの 50% 以上の低下を経験しました。多様性は、FMT 後のすべての患者において、早くも 1 週目に増加しました (P < 0.01)。重要なことに、FMT 後の患者における生着OTU(こ注6)の豊富さは、ALP レベルの低下と相関していました (P = 0.02)。

 

(※注6) OTU(operational taxonomic unit): 細菌の必須遺伝子(一般に,16SリボソームRNA遺伝子)の塩基配列をコンピュータ上でその類似度を指標に分類したときに得られる単位をいう

 

考察: 私たちの知る限り、これは PSC における FMT が安全であることを実証した最初の研究です。さらに、細菌の多様性の増加と生着は、PSC 患者の ALP の改善と相関している可能性があります。

 

2つ目の論文は、肝臓移植後のPSC患者さんに特有の症状である再発性急性細菌性胆管炎(Recurrent acute bacterial cholangitis)に対する治療として糞便微生物叢移植を受けた患者さんについてのものです。(※Recurrent acute bacterial cholangitisで検索しても他の論文がヒットしないので、まだ広く認知された症状ではない可能性があります。若しくは逆に、一般的すぎて改めて論文に取り上げる必要性がないほどよくある症状なのか、、、。)

 

この患者さんは、週に一回合計4週間に渡って、糞便微生物の移植を受け、治療から9ヶ月後には治療開始時6.8あった総ビリルビンが2.0にまで減少し、ALTが128から56へ、ALPが456から214へ、γGTPが332から164まで低下しました。しかし、一年後に胆管炎を再発し、患者さんは再び糞便微生物叢移植の2サイクル目を受ける事を勧められましたが、これを拒否し、肝臓移植を受ける事を選択しました。この時、患者さんの腸内には治療開始時には存在しなかった病原性細菌が存在し、炎症促進性の腸内作用を有し、PSCの原因と成り得るクレブシエラ菌やエンテロコッカス菌が増加していたとのことです。これが糞便微生物叢移植による結果なのか、別の要因によるものなのか、それとも、糞便微生物叢移植の治療効果は短期的な実施では限定的になってしまうのかを明らかにするには更なる研究が必要ということです。

 

https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC6328734


 

2018年12月28日

原発性硬化性胆管炎における再発性細菌性胆管炎に対する健康なドナーの糞便微生物叢移植 – 単一症例報告

 

概要

再発性急性細菌性胆管炎は、原発性硬化性胆管炎における肝移植に特有の症状です。我々は、原発性硬化性胆管炎患者における再発性急性細菌性胆管炎の治療に対する健康なドナーの糞便移植の有用性に関する最初の報告を発表します。我々は、再発性胆管炎の改善に関連する腸内細菌叢移植後の肝臓生化学、胆汁酸、細菌群集の顕著な変化を実証します。

 

導入

原発性硬化性胆管炎(PSC)は、慢性胆管炎症と肝臓内および/または肝臓外の胆管系の線維化を引き起こし、肝硬変、場合によっては胆管系の悪性腫瘍に繋がる、複数の病因機序を持つ稀な疾患です。現在利用可能な標準的な医学療法は全生存期間に利益をもたらさず、依然として肝臓移植(LT)が唯一の治癒的療法のままです。腸内微生物叢は、PSC の病態生理学における中心的な要因として関与してきました。

Tabibianと同僚らは胆道損傷に対する保護における共生微生物叢とその代謝物の重要性を実証し、PSCにおいて微生物叢に基づくバイオマーカーや治療的介入などの将来の指針を示唆しました。

 

微生物叢がPSCの病因および進行に重要な役割を果たしているという事実は、肝臓の生化学を効果的に改善することが示されているメトロニダゾールやバンコマイシンなどの抗生物質を利用した複数の試験を通じて証明されています。SabinoらはPSC患者の腸内微生物組成を調査し、PSCが炎症性腸疾患とは独立した独特の微生物的特徴を有することを実証しました。これらのデータは、腸内細菌叢の操作が PSC の疾患の進行に潜在的に影響を与える可能性があることを示唆しています。

 

Dominant stricture(※注7)の有無にかかわらず、集中的な医学的治療に反応しない再発性急性細菌性胆管炎(BC)は、PSC患者における肝臓移植に特有の症状です。私達はここで、PSCに関連した再発性急性細菌性胆管炎(BC)を有する患者さんの新しい臨床的データとメタゲノム(※注8)的データを提示します。

彼は肝臓移植のリストに掲載されていましたが、健康なドナーの糞便微生物叢移植(FMT)後1年間、細菌性胆管炎の症状が改善しました。

 

(※注7)Dominant stricture とは,径 1.5mm 以下の総胆管狭窄または左右肝管分岐部から 2cm 以内に存在する径 1.0mm以下の肝管狭窄と定義されている

 

(※注8)メタゲノム: 環境中のゲノムの集合体を指す。便中であれば、宿主・微生物・食物(動物・植物)由来のゲノムの集合体である。

 

症例報告

炎症性腸疾患を伴わないPSCと診断された38歳の非喫煙者でお酒を全く飲まない男性(炎症性腸疾患は現在の症状の3か月前に大腸内視鏡による粘膜生検で除外された)は、3年間、15 mg/kg/日のウルソデオキシコール酸(UDCA)投与を受けていましたが、 過去 6 か月以内に 3 回細菌性胆管炎を発症し、最後の発症では敗血症性ショックのため集中治療室への入院が必要でした。磁気共鳴胆道造影では、Dominant strictureが存在しない肝臓のセグメント 3、6、および 8 の部分にビーズ状の領域を伴い、左右の肝管における粘膜不規則性が明らかになりました。免疫グロブリン タイプ G4 の血清レベルの検査は正常で、それに関連する全身症状はありませんでした。炭水化物抗原 19-9 のレベルは、胆管炎がなければ正常範囲内であり、胆管癌を示唆する(臓器の)実質または胆管の病変は、続く追跡画像では明らかではありませんでした。

 

再発性細菌性胆管炎を考慮して、患者は肝臓移植のリストに掲載されました。待機リストに載っている間に、患者は持続性のそう痒症(かゆみスコア 6/10)と黄疸を 3 か月間発症し、4 回目の 細菌性胆管炎の発症を経験しました。過去の3度の細菌性胆管炎発症のうち2度は、それぞれセファロスポリン(※注9)とカルバペネム(※注9)に感受性のある大腸菌菌血症に関連していました。最近の細菌性胆管炎の発症は、リネゾリド(※注9)に感受性のあるエンテロコッカス・フェカリスに関連しており、患者は臨床的な改善を見せました。肝臓移植 待機リストに載っていることに伴う高い死亡率を考慮し、患者とその妻からのインフォームドコンセントを得て、(PSC の疾患の進行に潜在的に影響を与えるため) 健康なドナーからの糞便微生物叢移植による腸内微生物叢の操作が検討されました。標準的な選考手続きの後、患者の甥が潜在的なドナーとして割り出されました。

 

(注9)セファロスポリン カルバペネム リネゾリド: 抗菌薬の種類

 

処置の6 時間前に60 グラムの新たに採取した便サンプルを取得し、250 mLの生理食塩水とブレンダーの中で 2 ~ 4 分間均質化しました。200 ミリリットルの漉され、濾過された便を内視鏡を通して患者の十二指腸の 2 番目の部分に送りました。内視鏡による糞便微生物叢移植を週1回、4週間実施しました。この期間中はすべての抗生物質が差し控えられましたが、UDCAは継続されました。

 

血液生化学、総血清胆汁酸および分画血清胆汁酸、および便微生物群の分析が、ベースライン時、予定された各 糞便微生物叢移植の前、および治療後 1 年の終わりに実施されました。マイクロバイオーム(微生物叢)分析は、標準プロトコルに従って結腸糞便サンプルに対して実施されました。簡潔に言うと、シーケンシングは Illumina MiSeq 次世代シーケンサー (Illumina、カリフォルニア州、米国) (※注10)で実行され、GreenGenes (※注11)データベース (バージョン 13.8) に従って分類学的に分類されました。各細菌群集の種の多様性を記述するためにシャノン多様度指数(※注12)が使用されました。一方でQuantitative Insights into Microbial Ecology (QIIME)(※注13)、Phylogenetic Investigation of Communities by Reconstruction of Unobserved States (PICRUSt)(※注14)、およびKyoto Encyclopedia of Genes and Genomes (KEGG) パスウェイ(※注15)が定量的および定性的な微生物群集とそれぞれの機能経路を確認するために使用されました。

 

(※注10) シーケンシングとは:

DNA(核酸)を構成する4つの塩基であるアデニン(A)、チミン(T)、グアニン(G)、シトシン(C)の配列を決定する事。

次世代シーケンサーとは: 

核酸(DNAとRNA)の塩基配列情報を読み取る装置(シーケンサー)の次世代型。塩基配列を大量に読み取ることができる。核酸の塩基配列には、生物やウイルスなどの遺伝情報が記録されている。

MiSeqはイルミナ社のデスクトップ型次世代シーケンサー

 

(※注11)GreenGenes:

キメラスクリーニング、標準アラインメント、および複数の公表された分類学を使用して系統学的分類を提供する16S rRNA 遺伝子データベースです。マイクロアレイ、プロトコール、シーケンス、文献、タキソノミー概要などの情報がダウンロードできます。

 

(※注12)シャノン多様度指数:

生物の群集の豊かさを表すのに、群集の中での種ごとの個体数の配分という考え方を多様度指数といいます。

シャノン・ウィナーの多様度指数は 種数が多く、均等度が高いほど値も大きくなります。

自然環境では0.5~3.5の値をとることが多いです

 

(※注13)

QIIME (標準的には「チャイム」と発音されます) は、この分野で標準となっている多くのサードパーティ ツールを統合する、微生物群集分析を実行するためのパイプラインです。QIIME は、ラップトップ、スーパーコンピュータ、およびマルチコア デスクトップなどの中間システム上で実行できます。

 

(※注14)

PICRUSt (「パイクラスト」と発音) は、マーカー遺伝子 (16S rRNA など) の調査と完全なゲノムからメタゲノムの機能内容を予測するように設計されたバイオインフォマティクス ソフトウェア パッケージです。

PICRUSt はGPLに基づいて無料で利用できます。

 

(※注15)

KEGG(Kyoto Encyclopedia of Genes and Genomes:日本語では「京都遺伝子ゲノム百科事典」の意味)は、遺伝子やタンパク質、代謝、シグナル伝達などの分子間ネットワークに関する情報を統合したデータベースであり、バイオインフォマティクス研究(注16)に利用される。このデータベースは、細胞レベルでの生命システムの機能に関する知識を、分子間相互作用ネットワーク(代謝、シグナル伝達、遺伝情報等)の二項関係に基づいた情報としてデータベース化し (PATHWAY)、これを中心に据えているのが特徴である。さらに遺伝子カタログ情報 (GENES)、既知のタンパク質間の配列相同性情報 (SSDB)、機能的類似性情報 (KO)、生体関連化学物質に関する情報 (LIGAND) などに関する各データベースを統合し、単なるカタログ的データベースではなく、生命の設計図を構築するための知識ベースを目指している。

 

(※注16)バイオインフォマティクス:

バイオインフォマティクスはその名の通り、バイオ(生物学)とインフォマティクス(情報学)という2つの学問分野の接点にある、学際的学問分野である(図2)。大まかに言えば、対象が何らかの生命現象で手段が情報処理であるような分野である。

 

患者さんは、糞便微生物叢移植の3 回目と4 回目の期間の後にそれぞれ熱と黄疸が無い状態になり、1 年後までその状態が続きました。そう痒は、糞便微生物叢移植後 6週間まで悪化し (最大スコア 8/10)、その後 許容可能レベル (2/10) まで着実に減少しました。ベースラインから見ると特徴的な細菌群集とその機能の変化に関連した、肝機能の顕著な改善 (表1) および循環総胆汁酸と有毒胆汁酸 (表2)の顕著な改善が注目されました。ベースラインでは、プロテオバクテリア門(※注17)の相対量は患者の方が高かったが、バクテロイデスとアクチノバクテリア門(放線菌門)は健康なドナーの方が多かったです。ビフィドバクテリウム属コプロコッカス属、メガモナス属、およびバクテロイデス属はベースラインでドナーがより高かったが、エンテロバクター属、カテニバクテリウム属、およびダイアリスター属はベースラインで患者がより高かったことが注目されました。糞便微生物叢移植の期間中、プロテオバクテリア門の相対量の減少と、それに伴うバクテロイデテス門およびファーミクテス門の増加という顕著な変化が見られました。属レベルでは、ドナーで優勢だった細菌(バクテロイデス、メガモナス、ビフィドバクテリウム)が患者の糞便微生物叢移植中に増加し、ベースラインでは存在しなかった種(クロストリジウム、ベイヨネラ)が出現しました。ベースライン時に患者に存在していたいくつかの種(フェカリバクテリウム、オシロプシラ、ラクノスピラ)は、4週間の糞便微生物叢移植終了時には完全に消失していました。

 

(※注17)門:

生物分類学的階級の一つ。

界・門・綱・目・科・属・種の階級がある。私たちヒト(=Homo sapiens、1758年にリンネ(Linnaeus)が考案)という生物を生物分類の階級にしたがって表現すると、動物[界]脊索動物[門]哺乳[綱]サル[目]ヒト[科]ヒト[属]ヒト(sapiens)[種]となる。以下のサイトが生物分類学的階級について詳しいので、興味がある方は参考になさって下さい。

 

 

また、人の腸内細菌の門は大きく分けて

Firmicutes門、Bacteroidetes門、Proteobacteria門、Actinobacteria門の4つの門に分類されます。

 

表1

原発性硬化性胆管炎および再発性細菌性胆管炎を患う患者における、ベースライン時、糞便微生物叢移植中および移植完了後の肝機能検査値

時間

総ビリルビン (mg/dL)

直接ビリルビン (mg/dL)

アスパラギン酸トランスアミナーゼ AST(IU/L)

アラニントランスアミナーゼ ALT(IU/L)

アルカリホスファターゼ

 ALP(IU/L)

ガンマグルタミルトランスフェラーゼ γ-GTP(IU/L)

血清アルブミン (g/dL)

国際標準化比(注18)

ベースライン

6.8

4.2

88

128

456

332

3.2

1.46

FMT の第 1 週終了

7.2

4.8

92

132

502

288

3.1

1.42

FMT の 2 週の終わり

6.8

3.1

90

112

662

292

3.1

1.51

FMT の 3 週の終わり

4.3

3.2

97

118

886

342

2.9

1.61

FMT の第 4 週終わり

3.6

2.2

94

132

792

316

3.2

1.48

FMT 後 3 か月

2.8

1.6

78

98

344

189

3.4

1.32

FMT 後 6 か月

1.8

0.9

72

68

286

184

3.4

1.34

FMT後9ヶ月

2.0

0.8

66

56

214

164

3.2

1.28

FMT 後 12 か月

9.4

4.9

79

97

352

246

3.1

1.64

(※注18)

肝機能検査項目の1つにプロトロンビン時間(PT)があり、その値から国際標準化比(INR)を算出します。PTとINRは、どちらも血液が凝固するのにかかる時間に基づく指標です(肝臓では、血液凝固因子と呼ばれる血液凝固に必要なタンパク質のいくつかが合成されます)。PTまたはINRの異常値は、急性または慢性肝疾患の存在を示している可能性があります。急性または慢性肝疾患がある人では、PTまたはINRの高値は、一般的には 肝不全への進行を意味します。

表2

原発性硬化性胆管炎および再発性細菌性胆管炎を患う患者における、ベースライン時、糞便微生物叢移植中および移植完了後の総胆汁酸および分画胆汁酸

時間

総胆汁酸 (μmol/L)

コール酸(μmol/L)

デオキシコール酸 (μmol/L)

ケノデオキシコール酸 (μmol/L)

ベースライン

86.4

33.6

<0.5

52.8

FMT の第 1 週終了

73

18.7

2.6

51.7

FMT の 2 週の終わり

55.9

15.5

<0.5

40.4

FMT の 3 週の終わり

64.5

17.9

<0.5

46.6

FMT の第 4 週終わり

52.6

18.4

<0.5

32.8

FMT 後 6 か月

48.7

21.9

1.3

24.4

FMT 後 12 か月

68

18.8

<0.5

48.7

基準範囲

≤6.8

≤1.8

2.4

3.1

 
 

膜輸送に関連する経路、特に ATP 結合カセット輸送体(※注19)と細菌の運動性に関連するタンパク質は、糞便微生物叢移植後に変化しました (図1)。糞便微生物叢移植の1年後、胆管炎が再発しましたが(血液培養陽性が除外された場合は広域抗生物質で治療)、腸内微生物群集における顕著な病原性変化と、ベースラインでは患者にもドナーにも認められなかった病原種の出現が見られました。患者は糞便微生物叢移植の 2 サイクル目を勧められましたが、拒否し、精密検査と肝臓移植待機リストへの再登録のために 肝臓移植センターに照会されました。

 

(※注19)ATP結合カセット輸送体 (ATP-binding cassette transporters):

ATPのエネルギーを用いて物質の輸送を行う膜輸送体の一群である。構造的特徴を共有する非常に大きなタンパク質スーパーファミリーをなし、現生のすべての生物に存在する。ABC輸送体、ABCトランスポーター  、ABC蛋白質とも呼ばれる。

 
 
 

【図1】

 

(A) ベースライン時、健康なドナーからの糞便移植中および移植後 1 年後の患者の糞便サンプルのメタ16s解析(注20)における主要な細菌門の面積図。

(B) ベースライン時、健康なドナーからの糞便移植中および移植後 1 年後の患者の糞便サンプルのメタ16S解析における主要な細菌属の面積図。

 (C) 健康なドナーからの糞便移植中および移植一年後に、ベースラインから上方制御および下方制御された複数の代謝経路のヒストグラム表示。

 

(※注20)メタ16S解析:

次世代シーケンサーを用いた腸内細菌叢の解析は、全ゲノム配列を網羅的に解読するメタゲノム解析と、ゲノム中の16S rRNA 遺伝子配列のみを解読するメタ16S解析に分けられる。メタ16S解析では菌の機能に関する情報は得られないものの、必要とするデータ量が少ないため、安価に大量のサンプルを解析することが可能である。

 

議論

PSC に対する健康なドナーの糞便微生物叢移植は、微生物叢の多様性とPSCにおける肝臓の生化学を改善することが最近示されました。Bajerと共同研究者らは、炎症性腸疾患を併発しているかどうかに関係なく、PSC患者ではRothia、Enterococcus,、Streptococcus(レンサ球菌) およびVeillonellaが著しく多いのに対し、Coprococcus、Adlercreutzia、Prevotellaは減少していることを示しました ; これは、ベースラインでの私達の調査結果と多かれ少なかれ似ていました。

Pereiraらは、PSCの病因は胆汁微生物群集の変化とは関連しておらず、Streptococcus(レンサ球菌)が疾患の進行において潜在的に病因となる役割を果たしていると示唆しました。

 

PSCにおける糞便微生物叢移植による一年間の無移植生存期間(transplant-free survival ;TFS) と再発性急性細菌性胆管炎の改善は実証されていません。 

PSC患者では、血清アルカリホスファターゼの改善(自然に、またはより頻繁にUDCA療法によって)が予後の改善につながることが、複数の研究で示されています。しかし、UDCA治療に関するより大規模なプラセボ対照研究では、症状や移植までの時間に対する影響は実証されませんでした。 15年間の追跡調査を伴うPSCに関する最大規模の多施設共同研究の結果は、臨床事象や無移植生存期間の改善においてUDCAが役割を果たしていないことを裏付けました。最近の分析では、高用量のUDCAを投与されたPSC患者における強力な疎水性胆汁酸であるリトコール酸の血清濃度の上昇が有害転帰と関連していることが判明したため、28mg/kgを超えるUDCA投与量は削減されました。

 

PSCにおける抗生物質療法は、とりわけ PSCの発症に関して腸内微生物叢の役割が認められるという証拠が増えていることから、有望であると思われます。しかし、耐性の進化と病気の進行の予防の問題は依然として臨床医にとって大きな懸念事項です。UDCAと環状抗生物質を併用しても急性細菌性胆管炎の症状や肝臓生化学が改善しなかった患者さんは、糞便微生物叢移植の利用によって肝臓生化学だけではなく、臨床的にも改善しました。

 

私たちの患者では、門レベルでプロテオバクテリア (多数のヒト病原体を含む門) が減少し、ファーミクテス属 (有益な免疫学的特性を持つと推定される多くの分類群を持つ門) が増加しています。この事は明らかに PSCにおける糞便微生物叢移植を支持するでしょう。しかし、属レベルではクレブシエラ菌とエンテロコッカス菌の増加が見られます。これらは炎症促進性の腸内作用を有しており、PSC における細菌性胆管炎の重要な腸内病原菌の供給源を構成していると考えられます。さらに、定評のある有益な免疫調節効果を持つ分類群を産生する酪酸である、フェカリバクテリウム と ローズブリアが時間の経過とともに患者において減少することが報告されています。しかし、これは潰瘍性大腸炎の患者でのみ実証されており、PSC の患者では実証されていません。それにもかかわらず、糞便微生物叢移植後の数カ月の間、病原性の細菌が進化していても 、有益な代謝機能経路は依然とし活性化しています。したがって、単に病原種が存在する事だけでは臨床的な転帰を真に反映していない可能性がありますが、この事は微生物叢の機能に影響を与える可能性があり、それはより重要な事です。

 

私達の患者さんにおける自然発生的な病原性の変化の背後にある理由は、現時点では明確に説明できません。この影響は、疾患の病因である他の活発な「要因」によって長期的に有益な種の共生が失敗したことに起因する二次的なものである可能性があります。このことは明らかにPSC における糞便微生物叢移植の有益な効果に疑問を呈するか、少なくとも糞便微生物叢移植は無移植生存期間を延長するための短期的な手段としては有用かもしれないが、長期的な解決策としては適切ではないと主張するでしょう。;中長期的には不利になる可能性さえあります。 無移植生存期間における改善を裏付ける重要な所見は、循環胆汁酸に見られる顕著で有益な変化とアルカリフォスファターゼの初期の減少であるかも知れません。急性細菌性胆管炎の長期における自然治癒は、あり得ることではあるものの、この疾患の自然史では十分に実証されておらず、PSC患者において、細菌性胆管炎の再発が生命を脅かす転帰をもたらすことはよく知られています。

 

私達の患者さんにおいては、再発性細菌性胆管炎と、糞便微生物叢移植の後の丸一年の間のその改善は、治療後の改善と変化についての臨床的、生化学的、メタゲノム的な証拠を伴うものでしたが、私達の研究結果を確かめるためには、この問題に対するより大規模な研究が必要ではあるものの、この事は、症状の無い期間や無移植生存期間は、単に偶然によって生じたものではない事を示す概念的な証明となっています。糞便微生物叢移植一年後、患者さんに急性細菌性胆管炎が再発した事は微生物叢が疾患の進行と発現の”要因”の一つであるかもしれない事を示唆していると思われます。;しかしながら、他の要因がPSCにおける腸内毒素症の開始と維持に関連している可能性がありますし、あるいは糞便微生物叢移植の効果は短期間では限界があるのかも知れません。

 

これらの問題は、PSCのスペクトラム(連続した広がり)を完全に理解するために、宿主要因と環境要因を考慮して、マルチオミクス(※注21)を統合した研究を用いた更なる調査を必要としています。

 

(※注21)マルチオミクス:

生体内の機能を担うさまざまな物質について、総合的・網羅的に研究する学問分野。具体的にはDNARNAたんぱく質代謝産物などを分析対象とし、それぞれゲノミクストランスクリプトミクスプロテオミクスメタボロミクス分類される。マルチオミックス。統合オミクス。

 

結論

 

私達は、進行した肝硬変や代償不全の無い、再発性急性細菌性胆管炎を伴うPSCの患者さん達が無移植生存期間の延長を通じて糞便微生物叢移植から利益を得られるのではないかと考えています。この事は、移植待機リストの負担を軽減する可能性があり、その結果、より高い肝疾患重症度スコアの人達に対するより適切な臓器の割り当てが実現されるかもしれません。より大規模な研究が未だ満たされていないニーズ(Unmet Need)です。

 

ケモマブ・セラピューティクス社がPSCの新規治療薬CM-101を開発中

イスラエルのバイオ医薬品会社のケモマブ・セラピューティクス社がCCL24を治療標的としたPSCの治療薬を開発中とのことです。
 
まずは、CCL24が何であるか、PSCに対してどのような影響を与えているのかについての論文の概要を紹介します。
 
CCL24は原発性硬化性胆管炎における胆道の炎症と線維症を統制する
 
概要
 
CCL24 は、いくつかの慢性線維性疾患で発現する線維化促進性、炎症促進性のケモカイン(※注1)です。肝臓では、CCL24 が線維化と炎症に関与しており、実験モデルでは CCL24 を遮断すると肝臓損傷が減少しました。われわれは原発性硬化性胆管炎(PSC)におけるCCL24の役割を研究し、この疾患においてCCL24をブロックする事の潜在的な治療効果を評価した。多剤耐性遺伝子 2 ノックアウト(不活性化) マウスは肝臓マクロファージで CCL24 発現を示し、関連する実験用 PSC モデルとして使用されました。CCL24中和モノクローナル抗体(※注2)CM-101は、胆道領域の炎症、線維症、胆汁うっ滞関連マーカーを大幅に改善しました。さらに、空間トランスクリプトミクス(※注3)を使用して、CCL24の中和後の胆管細胞の増殖および老化の減少を観察しました。次に、我々は、線維化促進条件下で初代ヒト胆管細胞およびマクロファージにおけるCCL24発現が上昇し、初代ヒト肝星細胞および胆管細胞の増殖を誘導し、CCL24阻害後にその増殖が減弱されることを実証しました。同様に、CCL24 は PSC 患者の肝生検で高度に発現していることが判明しました。CCL24血清レベルは肝線維症増強スコアと相関しており、アルカリホスファターゼレベルが高い患者で最も顕著です。これらの結果は、CCL24 をブロックすると、肝臓の炎症、線維症、胆汁うっ滞を軽減することにより、PSC 患者に治療効果がある可能性があることを示唆しています。
 
 
(※注1)ケモカイン:サイトカインの一種であり、ケモカイン受容体と結合し、白血球の遊走を誘導するタンパク質。白血球を呼び寄せることで炎症反応に寄与する。
 
(※注2)モノクローナル抗体:抗原にあるたくさんの目印(抗原決定基)の中から1種類(モノ)の目印とだけ結合する抗体を、人工的にクローン(クローナル)増殖させたもの
 
(※注3)空間トランスクリプトミクス
空間的遺伝子発現解析。組織切片をmRNAキャプチャー用プライマーがスポットされたスライドグラス等に貼り付け、スライド上で組織溶解・mRNA補足・cDNA合成を行うことで、組織中における位置情報を保持した網羅的遺伝子発現情報を得ることができる技術。
 

続いては、ケモマブ社によるCM-101の臨床試験についてのページを紹介します
 

 

 

 

 
ケモマブはPSC治療用に開発した新規生物製剤CM-101を試験中:
 
CM-101 は、可溶性タンパク質 CCL24 を標的とします。CCL24 は、受容体 CCR3 を介して肝臓の線維化および炎症活動を促進する上で極めて重要な役割を果たすことが判明しています。
 
ケモマブは、CCL24 が PSC 患者の肝臓サンプル (生検) で強く発現しており、血中の CCL24 レベルが肝線維化の状態と相関していることを実証しました。
 
ケモマブは、複数の PSC 動物モデルで CM-101 の前臨床試験を実施し、CM-101 が有効であり、疾患の重症度を大幅に軽減することを発見しました。
 
ケモマブはまた、健康なボランティアと非アルコール性脂肪肝疾患(NAFLD)患者でCM-101をテストし、CM-101はテストされたすべての用量で安全で忍容性が高いことを確認しました。今回の研究で初めて、ケモマブは PSC 患者の治療における CM-101 を評価します。SPRING研究では、成人 PSC 患者を対象に CM-101の安全性と忍容性をテストします。
 
これは第 2a 相試験であり、試験薬 (CM-101) またはプラセボ(偽薬)のいずれかを 12 週間にわたって 3 週間に 1 回、5 回の静脈内注入を投与します。オプションで、すべての患者が CM-101 の投与を受ける 33 週間のオープンラベル(非盲検試験)延長期間もあります。
 

 
続いては、CM-101についての投資家向けの広報資料を紹介します。
ここではCM-101の治療標的であるCCL24とPSCとの関連性を示す裏付けが更に強化されたこと、CCL24によって誘導されたPSC重症化因子の増加をCM-101がブロックした事などが発表されています。
 

 

 

 

 
ケモマブ・セラピューティクス、EASL(欧州肝臓学会) 2023で原発性硬化性胆管炎の新規治療法としてCM-101の臨床的可能性を補強するデータを発表
 
— 新しいプロテオミクス(※注4)データにより、CM-101 の 標的であるCCL24 と原発性硬化性胆管炎 (PSC) 疾患経路との関係がさらに確認されました —
 
–CM-101がCCL24レベルの上昇によって引き起こされる線維性疾患および炎症性疾患のプロセスを中断するというさらなる証拠を提供–
 
(※注4)プロテオミクス(proteomics)とは、生物の細胞や組織、生体液中に含まれるすべてのタンパク質(プロテイン)の種類や量、構造、相互作用、機能などを総合的に解析する技術や学問分野の総称。生物の細胞や組織などに存在するすべてのタンパク質を「プロテオーム」と呼ぶ。
 
イスラエルのテルアビブおよびウィーン、 2023年6月26日/ PRNewswire / — ケモマブ・セラピューティクス Ltd. (ナスダックにおけるティッカーシンボル: CMMB)、(Chemomab)は、高い必要性が有りながら満たされていない、希少な線維性―炎症性疾患を治療するための革新的な治療法を開発する臨床段階のバイオテクノロジー企業ですが、本日、 2023年6月21~24日にオーストラリアのウィーンにおいて開催された欧州肝臓学会年次総会であるEASL 2023において、同社の原発性硬化性胆管炎(PSC)プログラムの臨床的根拠を裏付ける2枚の科学ポスターを発表したと報告しました。
 
「EASLで発表された前臨床データは、CCL24がPSCにおける疾患症状の操縦者であることを示唆する包括的かつ一貫した一連の証拠をさらに補強するものである。このデータはまた、当社のファーストインクラス(※注5)のCCL24中和抗体であるCM-101のPSCやその他の線維性疾患の根底にある線維性―炎症性の悪循環を断つ能力を強調している。 」とケモマブの共同創設者兼最高経営責任者兼最高科学責任者であるAdi Mor博士は述べました。「これらのデータは、先週最新のEASLポスターで報告した第2a相(←臨床試験の段階。第2相はフェーズaとbに分けられる事が多い)肝線維症バイオマーカーの肯定的なデータと合わせて、CM-101を効果的な治療法のないこの深刻な疾患の将来性のある治療法として評価するための私達の全世界的な第2相PSC試験への熱意をさらに高めます。」
 
 
(※注5)ファースト・イン・クラス(First In Class:FIC)とは、画期的医薬品のこと。そのカテゴリーの医薬品の中で、最初に認可された新薬を指す。
 
ポスターの 1 つは、炎症促進性、線維化促進性シグナル伝達タンパク質 CCL24 と PSC 疾患関連経路との直接的な関係を実証する新しいプロテオミクス研究について報告しています。CCL24 は PSC 患者の肝臓、特に胆道損傷領域で過剰発現します。この研究では、PSC患者と健康な対照からのプロテオミクスデータを分析することにより、CCL24がPSCとその関連経路において重要な役割を果たしていることが確認されました。CCL24レベルが高い患者では、PSCおよび疾患の重症度に関連する経路が上方制御されていることが判明しました。CCL24 レベルは、炎症、線維症、血管新生に関連する血清タンパク質とも有意に相関していました。さらに、新しい in vitro(試験管内の) 研究では、CCL24の刺激を受けた肝線維芽細胞は、重度の PSC 患者に見られるものと同様のタンパク質の増加を示しました。これらのタンパク質は、PSC 患者を健康な対照と区別し、また、症状の重症度によって彼らを区別するためのサインとして機能します。
注目すべきことに、この研究では、CM-101による治療がこれらのCCL24によって誘発された、(PSCと重症度の)サインとなるタンパク質の発現の変化をブロックしました。
 
 
EASLカンファレンスで発表された別のポスターでは、ケモマブが現在進行中のPSC患者を対象とした二重盲検、プラセボ対照、複数回投与のCM-101第2a相試験の臨床設計とエンドポイント(評価項目)について説明しました。この試験のトップライン結果(※注6)は 2024 年後半に発表される予定です。
 
(※注6)トップライン結果とは、通常、臨床試験の結果が事前に設定された主要評価項目に達成したか否かを評価するための、ハイレベルな結果のことを言います。
 
「これらのポスターは、PSCの効果的な治療法としてのCM-101の可能性を裏付ける前臨床的証拠を補強するものであり、このProof of Concept(※注7)臨床試験の結果を楽しみにしている私たちにとって心強いものです」と医学博士であり、2枚のポスターの共著者であり、PSC第2a相臨床試験の共同研究者であり、臨床肝臓専門医、医学部教授であり、UCL肝臓・消化器健康研究所所長であり、ロンドン大学のシェイラ・シャーロック肝臓学教授でもあるマッシモ・ピンザーニ氏は述べました。「この試験の結果は、炎症性および線維性疾患におけるCCL24の役割をさらに解明し、この治療が不十分な状態におけるCM-101の治療可能性を早期に実証し、将来の臨床研究への情報提供に役立てることを目的としています。予想通り、最近予定されていたデータ監視委員会の中間会議では安全性の懸念は見つからず、臨床チームは来年後半のトップラインデータの読み出しに向けて突き進んでいる。」
 
ポスターは今週から Chemomab の Web サイト ( www.chemomab.com/rd/)で公開されます。
 
(※注7)研究段階で構想した薬効がヒトでも有効性を 持つことの確認をProof of Conceptと呼ぶ。

 
また、次の記事によると、ケモマブ社は、CM-101のデータが非アルコール性脂肪性肝炎に関しても肯定的であるにも関わらず、非アルコール性脂肪性肝炎に対するCM-101を用いた治療の開発を一旦保留し、同社のリソースと CM-101 の開発をPSCに集中させることを決定した、とあるので、CM-101のPSC治療薬としての成功に高い自信を持っていることが窺えます。

 

 

 
ケモマブ、NASH ではなく PSC で CM-101 を前進させる
 
ケモマブは、NASH のデータが肯定的であるにもかかわらず、リソースと CM-101 の開発を希少肝疾患に集中させることを決定しました。
 
ウルテ・フルティナビチュテ著
 
Chemomab Therapeutics は、非アルコール性脂肪性肝炎 (NASH) の治療を保留し、原発性硬化性胆管炎 (PSC) における CM-101 の開発に焦点を当てていると CEO の Adi Mor 博士が Clinical Trials Arena に語った。
 
CM-101 は、線維化炎症プロセスにおける重要な調節因子である CCL24 活性に結合してブロックするように設計されたファーストインクラスのヒト化モノクローナル抗体です。
 
Mor氏は、NASH第IIa相臨床試験では有望な結果が得られたものの、同社はリソースとPSCにおける膨大な前臨床データに基づいてギアを切り替えていると説明した。
 
彼女は、「この第 IIa 相 NASH 試験のデータは、PSC で期待されるものに大いに応用可能であることがわかりました。」と述べました。
 
ケモマブは現時点では NASH の追跡を中止しているが、同社は将来、パートナーシップやその他の機会を通じて、この適応症に戻ることを検討する可能性があります。
 
CM-101の次のステップ
 
CM-101は現在第IIa相PSC試験で研究中であるが、ケモマブは2025年に開始予定日を予定し、重要となる可能性のある第III相試験の計画を立て始めている。
 
治験の正確な投与計画と期間は、第 IIa 相治験のデータのみに依存するとMor氏は宣言した。同社は、2024 年下半期にトップライン データを発表する予定です。
 
Mor氏は、評価項目に関して、いくつかの後期段階の試験では、フォーク博士が実施中のノルウルソデオキシコール酸研究(NCT03872921)や中止されたギリアド社のシロフェクソール(NCT03890120)などのように、肝生検を含むエンドポイント(評価項目)が使用されたと説明しました。
 
しかし、とりわけPSCのような斑状疾患において危険が生じる可能性のある肝生検に必ずしも由来する必要のない潜在的なエンドポイント(評価項目)について規制当局と議論が進行中です。Mor氏は、新しいエンドポイントは画像とバイオマーカーの組み合わせであるか、単に色々なバイオマーカーのみである可能性があると述べました。
 
Mor氏は、「第 IIa 相試験のデータが確認できたら、FDA と協議し、私達の第 III 相試験の適切なエンドポイントが何であるかを彼らと共に決定します。」と述べました。
 
PSCで進行中の第IIa相試験
 
最近、ケモマブは、2023年の欧州肝臓研究学会(EASL)年次総会で、PSCプログラムの臨床的根拠を裏付ける2枚の科学ポスターを発表しました。ポスターのうちの1枚は、2部構成の第IIa相試験のデザインについて考察したものでした。 (NCT04595825)。
 
試験の最初の部分は、15週間の治療を行う二重盲検期間であり、その後に非盲検部分が続きます。ケモマブは、線維形成と炎症を測定するさまざまなバイオマーカーに注目しています。同社は2021年に最初の患者を治験に登録しました。
 
ケモマブは、ヨーロッパ、イスラエル、米国の約50施設で68人の患者を募集する予定です。
 
Mor氏は、「これは稀な病気なので、効率的に患者を募集できるようにするために、複数の地域で複数のサイトを開設しました。」と説明しました。
 
 


現在はまだ効果的な治療法のないPSCですが、近年、上記のようにLLC24を標的としたケモマブ社のCM-101やクレブシエラ・ニューモニエ菌を標的とした慶應義塾大学のバクテリオファージ療法など、PSCやその症状の原因となる物質に直接アプローチする治療薬の開発が進んでおり、有効なPSC治療確立への道がゆっくりとではありますが、拓けつつあるように感じます。
 

慶応義塾大学が開発中の原発性硬化性胆管炎(PSC)の新薬についての続報

慶応義塾大学が開発中のPSCの新薬について続報が発表されました。

〔報道発表資料〕

https://www.keio.ac.jp/ja/press-releases/files/2023/6/27/230627-2.pdf

 

(前略)

慶應義塾大学医学部内科学教室(消化器)の中本伸宏准教授、金井隆典教授らの研究グループは、肝移植以外に有効な治療法が少ない難治性自己免疫性疾患である原発性硬化性胆管炎(PSC)患者の腸内細菌を解析し、クレブシエラ菌とエンテロコッカス菌が高率に検出されることを確認しました。さらに、イスラエルの BiomX 社との共同研究のもと、患者から分離したクレブシエラ菌を特異的に排除するバクテリオファージ(細菌に感染するウィルスの総称)カクテルの作製に成功し、マウスにこのバクテリオファージを投与するとクレブシエラ菌の腸内への定着が抑制され、クレブシエラ菌により誘導された胆管障害が減弱することが示されました。

(中略)

本研究成果は、2023 年 6 月 5 日(英国時間)に国際学術雑誌 Nature Communications のオンライン版に掲載されました。

https://www.nature.com/articles/s41467-023-39029-9 

(中略)

細菌の増殖を抑制し殺菌する手段として抗菌薬が日常診療で広く用いられていますが、長期間の使用による多剤耐性菌の出現や院内感染が大きな問題となっています。本研究グループはこの問題を打破するために、特定の病原細菌のみを選択的に殺菌可能であり、耐性菌の出現頻度が低いバクテリオファージの作製に着手しました。イスラエルの BiomX 社との共同研究のもと、自然環境に存在するクレブシエラ菌を標的とするファージを複数組み合わせることにより、培養液中のクレブシエラ菌の増殖を長期間抑制し続けるファージカクテルの作製に成功しました。次にクレブシエラ菌を腸内に定着させたマウスにこのファージカクテルを週 2 回合計 4 回投与し、その体内での菌の増植の抑制効果の有無を 14 日目に検討しました。その結果、便中のクレブシエラ菌はファージの投与後その数が劇的に減少することが示され、この効果が 28 日目まで持続することを確認しました(図 3)。

最後に今後の臨床応用を考え、クレブシエラ菌を投与した肝線維化モデルマウスにファージカクテルを投与し、肝硬変の改善効果の有無を検討しました。同様に週 2 回の投与により、クレブシエラ菌によって誘導された肝臓内 TH17 細胞の数は減少し、その結果胆管の炎症マーカーである血清 ALP 値が低下し、肝硬変(線維化)の程度も 50%程度に改善しました(図4)。以上の結果から、クレブシエラ菌を選択的に排除するファージ療法が、PSC に対して有効である可能性が示されました。
(後略)
 
参考
クレブシエラ菌を標的としたバクテリオファージによるPSC治療についての前回の記事

https://www.asahi.com/articles/ASQ314QKKQ2XULBJ00L.html 



動物実験ではありますが、2週間(2回投与/週)(追記:後で論文を確認したところ、肝硬変と線維化の改善を調べる実験の期間は3週間でしたので訂正いたします)という短期間で肝硬変(線維化)が50%も改善したのは既存の治療では不可能な劇的な改善効果だと思います。今後、国内外の患者さんの解析を行うと共に、複数のクレブシエラ菌を網羅的に排除する新たなファージカクテルを用いた治療の研究も進められて行くようです。この非常に高い有効性を持つ新たな治療法が、標準治療としてPSCの患者さんが当たり前の様に利用出来るようになる日が1日も早くやって来る事を願います。

慶応大学が原発性硬化性胆管炎の新薬を開発中。PSCは感染症だった?

https://www.asahi.com/articles/ASQ314QKKQ2XULBJ00L.html

以前、慶応大学が行なった研究でPSCの原因のひとつと思われる腸内細菌が発見されたという報告の続報に当たるような記事内容です。
↓以前の記事
今回の記事には以下の様な事が書かれていました。
・クレブシエラ菌という腸内細菌が腸間膜リンパ節に移行することで肝臓内にTH17細胞という自己免疫疾患や炎症性疾患に関わる免疫細胞が増殖し、肝臓や胆管に炎症を起こす。
・大腸と腸間膜リンパ節は繋がっていないのに、クレブシエラ菌はどうやって腸間膜リンパ節に移行したのか?→PSC患者さんの大腸にいるクレブシエラ菌は大腸上皮細胞をアポトーシス(細胞死)に導き大腸の上皮に穴を開ける能力を持っていて、その穴から腸間膜リンパ節に移行した。
・この大腸上皮細胞に穴を開ける能力は、同じクレブシエラ菌でも、健康な人やPSCでは無い潰瘍性大腸炎の患者さんが持っているクレブシエラ菌にはない。
・マウスにおいて、抗菌薬を使いクレブシエラ菌を排除する事で肝臓でのTH17細胞を大幅に減少させる事が出来た。
また、TH17細胞を抑える働きのある薬を使ったところ、モデルマウスで起こした肝硬変の程度が半減した。
・クレブシエラ菌の排除に抗菌薬を使用すると耐性菌を生む危険性がある。
・抗菌薬の代わりにバクテリオファージ(※1)という哺乳類の細胞には感染せず細菌に感染し壊すウィルスを利用し、病原性のあるクレブシエラ菌をターゲットとしたバクテリオファージ製剤を作りPSC患者さんに口から飲んでもらう。
(※1)細菌に感染するウィルスの総称
・この薬を作るために、イスラエルのバイオベンチャー企業(※2)と共同で、バクテリオファージを用いた治験に取り組んでいる。これまでに、イスラエルと欧州の健康な人たちを対象にした第一段階の治験を終えた。
(※2)BiomX Ltd.(本社:Ness Tziona, Israel、CEO Jonathan Solomon
以下、記事の一部引用

免疫の難病、実は感染症? なぞ解き明かす一歩に 金井隆典さん

私たちは、研究テーマの一つとして、「原発性硬化性胆管炎」という病気の解明に挑んでいます。

 胆管は、肝臓でつくられる消化酵素である胆汁の通り道で、十二指腸につながっています。その胆管に炎症が起き、数年から数十年かけて胆管が狭くなって胆汁がうまく流れなくなるとともに、肝臓の働きが落ちてしまう病気です。英語の病名Primary Sclerosing Cholangitisの頭文字から「PSC」とも呼ばれています。

 PSCは原因がよくわかっておらず、進行を止める治療法も確立していません。最終的には肝硬変へと進み、命を救うには肝臓移植をするしか方法がなくなることが多いです。しかも、せっかく移植をしても、再発してしまうことが少なくありません。いわゆる難病に指定されており、日本には約5千人の患者さんがいます。

 この画像は、そんなPSCの病態を解き明かす手がかりをつかんだときのものです。

 この病気では、肝臓の中で免疫の細胞が活性化していることがわかっています。ところが、過剰な免疫の働きを幅広く抑える作用があるステロイドが効きません。いまは特定の免疫の作用を抑える「抗体医薬」がいくつか登場し、やはり過剰な免疫の働きがかかわる関節リウマチやクローン病などで効果を示していますが、PSCではまったく効きません。

 PSCを起こしている人は、大腸の炎症である「潰瘍(かいよう)性大腸炎」を伴いやすいことが、以前から知られていました。また、腸内の細菌がPSCと関係していることを指摘する論文も出ていました。私は、腸内細菌がPSCと関係があるのかをまず知りたいと思いました。

 そこで、次のような実験をしました。PSCの患者さんから便をいただいて、微生物をもたない「無菌マウス」に経口注入し、大腸や肝臓の様子を調べるのです。比較のため、健康な人や潰瘍性大腸炎の患者さんの便も無菌マウスに注入しました。

肝臓で免疫細胞が増加

 すると、健康な人や潰瘍性大腸炎の便では起きないのに、PSCの便を注入したときは、肝臓内で特殊な免疫細胞が増えていることがわかりました。これはT細胞の一種で、インターロイキン17(IL-17)を産生することから「TH17細胞」とも呼ばれています。PSCの便に含まれる腸内細菌によって、肝臓の免疫反応が異常になっていたのです。

 私たちは、腸内細菌が十二指腸から胆管を逆流して肝臓に達し、肝臓や胆管で炎症を起こしているのではないかと考え、いろいろな方法で調べてみました。しかし、何回みても、どちらにも腸内細菌はみつかりませんでした。

 このとき、比較のために脾(ひ)臓や「腸間膜のリンパ節」と呼ばれる腸に関係するリンパ節も調べていました。すると、腸間膜リンパ節で菌が3種類、検出されたんです。

 このことは、免疫の難病といわれるPSCに、腸内細菌がかかわっている可能性を示しています。これって驚きですよね。従来の免疫の病気の常識からは外れていますから。

 ただ、腸間膜リンパ節は、大腸の空洞とは直接つながってはいません。じゃあ、細菌はどうやって移動したのか。その謎を調べたときに撮影したのが、この画像です。

 共同研究した佐藤俊朗教授たちのグループがもっている、「オルガノイド培養技術」を用いました。オルガノイドというのは「培養細胞」を意味していて、この方法なら、幹細胞をもとに、培養皿の上で実際の大腸上皮とよく似た構造をつくることが可能です。

大腸の壁に穴を

 そこで、PSC患者さんから得た腸内細菌と、オルガノイド大腸上皮を一緒に培養して調べたところ、PSC患者さん由来の「クラブシエラ菌」という腸内細菌が、大腸上皮の細胞死(アポトーシス)を引き起こし、上皮に穴を開けていたことがわかりました。

 画像で黒く見えるのが腸の粘液、赤い部分が腸内細菌です。緑が上皮細胞で、赤い細菌が上皮細胞の中に侵入していっている様子を示しています。PSCでない人から得た同じ種類の腸内細菌では、上皮細胞に穴を開けることはありません。

 PSC患者さん由来の腸内細菌は、こうして大腸の壁を開けて外に飛び出し、腸間膜リンパ節に達していたんです。それに対応して、TH17細胞が増えていることが明らかになりました。こうしたしくみによって、肝臓での異常な免疫反応を招き、胆管炎につながっていた、と私たちは考えています。

 治療法の検討もしました。PSCは、せっかく肝移植をしても再発しやすいと言いましたよね。リンパ節にいる腸内細菌がもとで炎症が起きているのだとしたら、その腸内細菌がとどまっている限り、移植のあとに再発したとしても不思議ではありません。

 そこで私たちはまず、PSC患者さんの便を注入したマウスに抗菌薬を使い、クレブシエラ菌などを排除しました。すると、肝臓でのTH17細胞が大幅に減りました。また、TH17細胞を抑える働きのある薬を使ったところ、モデルマウスで起こした肝硬変の程度が半減しました。

 その後、欧米の研究者たちによって、PSCが特殊な病原菌によって起こされるという報告が相次ぎ、私たちの発見の正しさが確かめられています。そしていま、治療につなげるための本格的な研究の段階に進んでいます。

 それは、バクテリオファージという、ウイルスの一種を用いる方法です。

ウイルスを治療に活用

 バクテリオファージは細菌に感染し、細菌の中で増殖して、最終的に細菌を壊します。この性質を利用して、病原性のあるクラブシエラ菌をターゲットにしたバクテリオファージの製剤をつくり、患者さんに口から飲んでもらうのです。

 細菌の治療なのだから抗生物質を飲めばいいと思われるかもしれません。ただ、この菌は抗生物質でたたき切れないと、耐性菌を生んでしまうことが多いんです。実際、多剤耐性となったこの菌が病院での院内感染の原因となることが少なくありません。

 一方、バクテリオファージはウイルスの一種とはいえ、細菌には感染するものの哺乳類の細胞には感染しません。従って、人体に対しての安全性は高いと考えられています。

 いま、私たちは、イスラエルのバイオベンチャー企業と共同で、バクテリオファージを用いた治験に取り組んでいます。これまでに、イスラエルと欧州の健康な人たちを対象にした第一段階の治験を終えました。できれば今年中に、PSCの患者さんを対象とした次の段階に進みたいと考えています。

 PSCはいわゆる「免疫の病気」だと、長いあいだ信じられてきました。私たちの今回の研究は、PSCは実は感染症だった可能性を示していると考えています。


科学研究費助成事業データベースに記載されているこの研究の実績概要や達成度の報告には
「PSCノトバイオートマウス(※3)にバクテリオファージを3日1回のペースで経口投与し、胆管炎の改善傾向を認めた
「ファージ療法開発の動物実験を開始し、ファージ療法による病態改善に向けた有望な結果が得られている
等、期待の持てる内容が書かれていました。
(※3)ノトバイオート(英:gnotobiote)とはもっている微生物叢が全て知られている動物。外科的手術により母獣より無菌的に取り出した胎子をアイソレーター内の無菌環境下で人工保育することにより得られた無菌動物に既知の微生物を投与、定着させることにより作出される。
以下一部抜粋
(前略)

本計画が承認されてから2年間の実績としては、PSC患者由来KPを用いたノトバイオートマウスにおいて、DDC胆管炎を実験的に発症し、PSC/UCモデルを作成した。PSC/UCモデルマウスに対してKPに対する特異的バクテリオファージの投与による胆管炎改善効果の検討を行った。PSCノトバイオートマウスにバクテリオファージを3日1回のペースで経口投与し、胆管炎の改善傾向を認め、今後追試により検証してく。さらに、クローン病患者由来便を用いて、ヒトクローン病フローラ化マウスを作製し、糞便移植3週間における体内侵入菌の分離培養に成功し、次年度にさらなる機能解析を進める予定としている。

現在までの達成度 (区分)
現在までの達成度 (区分)

2: おおむね順調に進展している

理由

本研究の要となる、ファージ療法開発の動物実験を開始し、ファージ療法による病態改善に向けた有望な結果が得られている。また、腸管免疫難病であるクローン病患者便を用いたノトバイオート動物の解析も順調に進んでいる。

今後の研究の推進方策

本年度の成果をもとに、Klebsiella pneumoniae(KP)の腸管バリア破綻機構の解明を進めていく。具体的には、PSC患者由来KP(9株)と非PSC患者(non-PSC)由来KP(4株)についてショットガン・メタゲノミクス解析を実施し、患者由来KPが粘膜層および上皮障害を及ぼす責任遺伝子の候補を探索し、引き続き候補遺伝子の変異株を作成し、腸管上皮障害能を検証していく。さらに、リンパ節内で分化・誘導されたTh17細胞が肝臓内へ蓄積する機序、Th17細胞のPSCにおける機能解析を行うために、腸管膜リンパ節におけるTh17細胞のRNA-seq、TCR-seq解析からKPの抗原および代謝産物の関与について検討を行う。クローン病患者フローラ化マウスと腸炎モデルの組み合わせを実施し、腸炎病態増悪効果について検討を進めていく。


以下は医学的知識の無いブログ主の勝手な想像ですが、病原性のクレブシエラ菌が大腸上皮細胞に穴を開ける能力を有しているのはエクソソームが関与しているような気がします。
以前、間葉系幹細胞由来のエクソソームによる治療で肝臓を再生できるという内容のTV番組についての記事を投稿したのですが、その際にエクソソームについて色々なサイトの記事を読んでいたら、
「卵巣がん細胞が分泌するエクソソームは腹膜の主要構成細胞である中皮細胞を細胞死へと誘導し、腹膜を破壊することにより、腹膜播種性転移を促進していた」という報告を目にしました。
がん細胞は他の臓器や組織に転移する際、予め転移先の環境をがん細胞が成長しやすいものに変えておくそうです。
その際にエクソソームという細胞間の情報伝達物質を放出し、ターゲットとする細胞に情報を伝えコントロールします。
クレブシエラ菌の大腸上皮細胞を細胞死に導き穴を開ける能力(pore-forming能)がクレブシエラ菌の細胞が放出するエクソソームに由来するものであるならば、「近年、エクソソームを標的としたがん治療の研究が進められ、特定のエクソソームの除去を行うことが将来的に可能となることが期待される」との事なので、PSCの治療は
①原因菌のクレブシエラ菌の排除
②クレブシエラ菌に由来する大腸上皮細胞をアポトーシス(細胞死)に導くエクソソームの排除
の2つのアプローチから可能になるのでは無いかと予想します。